一般社団法人 日本消化器内視鏡学会 Japan Gastroenterological Endoscopy Society

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寄稿:Covid-19に関する英国(当院)の現状報告(鈴木典子先生)

 

 

 

St Mark’s Hospital 

鈴木典子 

 

 私の勤務するSt Mark’s 病院はロンドンの北西に位置する大腸肛門病専門病院であり、Northwick Park病院という総合病院に併設されている。

 Northwick Park病院はコロナ禍の影響を激しく受けた(hardest hit)病院となったため、St Mark’sの診療体制にも大きく影響した。英国のCovid-19に関するこれまでの当院における対応と現状を私見を交えて報告させて頂きたい。

 

時系列

 2020年1月。ニュースで中国の武漢でのCovid-19の発生を聞く。「インフルエンザに毛の生えたもの」との報告。日本での発症が報告され始める。英国民は全く対岸の火事に思っている。日本の代わりにオリンピックを主宰するなどと言っていた。

 2月。イタリアでのCovid-19の感染爆発。イタリアへの出張から戻った英国人が発症しクラスターを発生させ国内のニュースも報道するが、危機感はまだ無い。

 3月3日。当院にCovid-19第一例が入院。内視鏡部でも受診患者の過去の海外渡航歴の問診、検温を開始。

 感染者が急増するも英国政府の方針はロックダウンせず、高齢者、ハイリスクグループのみを自宅に隔離して、残りの国民には「集団免疫」の方針をとるとの事。60%の人口が感染すると集団免疫の効果が出てそれ以上の感染拡大が抑えられるそうで、「なるほどなあ」とその時は納得したものの、日々、入院するCovid-19患者数の増加が半端では無い。

 ICUのbedが増設、病棟を1棟ずつCovid-19専門病棟に変えて行くもののすぐに満床になる状態。ついにはSt Mark’sの病棟もCovid-19病棟へ変換され、オペ室もICU仕様にされCovid-19患者を受け入れ始める。

 3月半ばには緊急以外の外科手術がキャンセルされるようになる。麻酔科医とオペ室の不足は勿論、この時期における外科手術は、術後コロナ感染を経てmortality rateが高いという武漢からの報告に基づいた判断である。外来診療は電話になり、英国消化器病学会からも緊急内視鏡以外の検査、治療を中止する様に通達が来る。

 3月23日。内視鏡のコンサルタント7名でこれからの診療体系についてミーティングを行った。実はこのうちの一人がCovidに感染している事をこの時は知る由もなく、このミーティングから後1週間の間に5人が戦線離脱する事となる。幸い、私はこのスーパースプレッダーから一番離れた席に座っており感染を免れたが、コロナの感染力の強さを目の当たりにする。

 日本人気質で「自分が内視鏡部での感染第一号になって、同僚に移したら申し訳無いな」と心配していたが、スーパースプレッダーや他の感染者も堂々としている。この辺は、「英国人」と感じる。

 同時期に患者の爆発的増加を受け英国は方針転換、ついにロックダウンされる。英国の最初の標語はStay home- Save lives -Save NHS。 目標はNHSの医療崩壊を防ぐ事である。ここはシステムの英国、厚生省関連組織、各病院といち早くCovid患者の、年齢、合併症、日常活動性をスコア化してとことん最後まで治療の手を尽くす“escalation”、症状緩和に努める“palliative”などに分ける診療指針を発表する。

 

 

 内視鏡部では緊急内視鏡対応用に3人の医師(私を含む)、4−5人の内視鏡ナースを残し、他の医師7人、残りのナース達がCovid病棟に再配置となる。

 4月初旬にかけて、ピークを迎える。残念ながらピークの週には1週間で126人!の患者さんが当院で亡くなられている(英国全体では毎日数百人が死亡)。リタイアした医師や看護婦に加え、歯科医、医学生らが応援に駆けつけ、投薬や、病棟での雑用の手伝い、挿管されている患者さんの体位変換に当たるチームに入る。

 人間性というのはこんな事態に出るものだと感じる。著名な外科医がICU患者の体位変換や雑用を進んで手伝いに行き、皆の尊敬を集める一方、Covidに感染することを恐れて、辞職、休職するものもいる。

 結果的にNHSは他の診療を犠牲にしてCovid診療中心の体制を引き、人工呼吸器が不足するという状態にもならず持ちこたえたが、英国のCovid関連致死総数は本日までに4万人を超えて、欧州1位、世界第2位。ロックダウンの遅れ、高齢化社会、色々な要因があると思われるが是非検討が必要と思われる。

 またevidenceを重んじる英国では6月に入ってから(evidenceが出たという事で)やっと国民にマスクをつける様に推奨し、何事にも後手後手に廻っている感が否めない。

 ワクチン開発ではOxfordのものがphase3の段階で世界をリードしており、英国には是非ここで挽回してもらいたいと切に願っている。このワクチントライアルは私も登録しており、少しでも貢献できればと思う。

 

PPE

 ここで英国が定めたCovid PPEの一覧を表示したい。

 

 AGP (aerosol generated procedure)が行われる場所ではFFP (所謂N95)マスク、それ以外の場所(ventilatorに乗っていないCovid患者)の診療はサージカルマスクとペラペラのプラスティックエプロン(写真 Dr Kevin Monahan- 普段はHereditary cancer specialist).

 えっ。これって軽すぎないか?武漢やイタリア、スペインで報告されてきた映像に比べるとまるで水着レベル。

 この件に関しては「大砲の筒持ち」、「防火服無しで火事現場に送られる消防士」など医療従事者からも大いに政府に批判の声が上がっていて、Covidで亡くなった医療従事者が英国で100人を軽く超えたのはサージカルマスクの着用を推奨されたのと無関係では無いと思われる。

 PPEの不足は英国でも問題になっていたが、バイザー、ゴーグル、術衣は一般の方からの寄付で乗り越え(写真 筆者とDr Brian Saunders)、マスクとガウンは利用枚数を減らすためシフトの長時間化(12時間)、再使用などで凌いできた。

 のちには医学部の学生ボランティアが若手の医師と一緒になって、PPEの管理、それぞれの部署への配達、再利用できるゴーグルを毎日消毒するシステムを運営してくれ、その行動力には驚かされる。

 PPEが入手できない場合は医療従事者はCovidの診療を拒否しても良いと指針まで出されたものの(さすが、欧米!)(Royal Society of Nursing)、当院では幸いな事に、これまでPPEが完全に切れたことが無い。

 

Pandemic 下の内視鏡部

 このPandemicの下、英国の全ての病院で待機内視鏡検査、治療は中止になった。その間の内視鏡部の業務としては緊急例(施行して良いのは、止血、異物除去、拡張術、NJ tube挿入、胆膵系緊急処置)の対応の他にキャンセル症例の再トリアージ。貧血精査には便潜血(Fit 10ug Hb/g以上)も組み合わせて検査の必要性を再検討した。

 この期間内の緊急内視鏡検査はというと、件数が激減!内視鏡のみならず実際に救急外来を受診する患者数が普段の40%に減少している。患者さんにしてみれば来院する事によってコロナに感染しないかという恐怖心と、毎日のニュースから病院が大変な事になっているのを目の当たりにし、コロナ以外の診療をしていないのではという推測が要因。

 4月中旬あたりからCovid患者数の減少が見られ、5月中旬頃からInfection control departmentの監査を受け、クリアした後に待機内視鏡検査、治療が開始となる。

 現在は内視鏡受診患者全員に、検査予定の2−3日前に咽頭拭い液のPCRを施行してコロナ陰性を確認している。陰性が確認されても現在のところは、(内視鏡検査はAGPであるため)術者はFFP(N95)、ガウン、バイザーかゴーグルの着用が必要となっている。

 内視鏡室の換気時間も測定され(速い部屋で30分、遅い部屋では換気終了に2時間30分!)6室あるうちの3室を使用してこれまでの5%程度の検査を当院でこなせている段階。また近隣するプライベート病院の2室と姉妹病院の2室を先週より使用し検査を行っているが20%もこなせていないのが現状。

 まだ内視鏡治療後の経過観察入院は許可されていないので、普段よりもより緊張しつつ、治療を行なっているのが現状である。またPPEの装着で動きやコミュニケーションが制限される分、忍耐力が必要になると感じている。

これから

 1日のコロナ関連致死人数が100人/日を切っていないうちにロックダウンが緩和された英国では、もちろん第2波の可能性も十分ありうる。

 コロナ禍で3ヶ月、内視鏡治療を延期された患者さんの中で少数ではあるが、病変が進展し残念ながら適応外になってしまった症例があり、非常に内視鏡医としては悔しい思いをしている。内視鏡検査、治療、ひいては通常の診療が中断される事の無いようにCovidがコントロールされればと切に願うばかりである。

 

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